大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)1024号 判決

上告人

平塚衛一

右訴訟代理人弁護士

佐藤正明

被上告人

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

竹谷喜文

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤正明の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯するに足りる。右事実関係によれば、上告人は、昭和六〇年三月一三日の配当期日において配当異議の申出をして、同月一九日に配当異議の訴えを提起し、同月二〇日に裁判所書記官から右配当異議の訴えについての訴状受理証明書(乙第一〇号証の二)の交付を受けたが、右訴状受理証明書を添付して配当異議の訴えを提起した旨の届出書(乙第一〇号証の一)を執行裁判所に対して提出したのは同月二二日であったというのである。そうであれば、上告人は配当期日から一週間以内に執行裁判所に対し配当異議の訴えを提起したことの証明をしなかったのであるから、執行裁判所が配当表に従って高橋一男に対する配当を実施したことについて違法はない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

なお、論旨中には、上告人が、昭和六〇年三月二〇日、仙台地方裁判所の民事訟廷事務室において、配当異議の訴えを提起した旨の届出書(乙第六号証)を提出したことをもって、前記の証明をしたものというべきであると主張するかにみえる部分があるので検討するに、民事執行法九〇条六項が配当期日から一週間以内に執行裁判所に対して配当異議の訴えを提起したことの証明をしないときは配当異議の申出を取り下げたものとみなす旨を規定しているのは、配当異議の早期の解決という手続の安定及び配当の迅速な実施という配当異議の関係者の利益保護を図ることを目的としているのであるから、いやしくも配当異議の申出をした者は、自らの責任において、執行裁判所に対して法定の期間内に配当異議の訴えを提起したことを証明することが必要であり、その趣旨を明示することなく単に右届出書を民事訟廷事務室に提出するのみでは足りないと解すべきである。ところで、原審の認定するところによれば、上告人は、昭和六〇年三月二〇日に仙台地方裁判所の民事訟廷事務室において前記の届出書を提出するに際し、仙台地方裁判所に当時係属していた上告人を原告とし髙橋一男を被告とする債務不存在確認請求事件のために提出する旨を述べ、何ら執行裁判所に対して提出する旨の言及はしなかったというのであるから、これをもってしてはいまだ民事執行法九〇条六項所定の証明をしたとするに足りないものというほかはない。これと同旨の原審の判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。

論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するに帰し、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告代理人佐藤正明の上告理由

一、原判決には重大な事実の誤認があり、理由不備であるので、破棄さるべきものである。

(一) 上告人は、適式に配当異議の訴えを提起し、この訴えが法定の期間内に受理されたことが証明されている。

すなわち、昭和六〇年三月一三日、競売手続(仙台地方裁判所昭和五七年(ケ)第二三八号)配当期日において、訴外髙橋一男に対する配当金三八七万六七一一円の金額につき、異議を述べ、右期日から一週間以内である同年三月一八日ないし一九日に右配当異議の訴えを仙台地方裁判所に提起した(右訴え提起日が一八日か一九日かは乙第四ないし六号証の受付印の訂正経過によるが、法定期間内であり、ここでは問題とならない)。しかも、同月二〇日に右訴えの受理証明書も発せられた。

以上の経過からすれば、配当異議の訴えとその受理が法定された手続により適正に履践されたことは明らかである。

(二) 右配当異議の訴えが適式になされたことは仙台地方裁判所において明らかなことであった。

すなわち、右配当異議の訴えは、仙台地方裁判所民事訟廷事務室で行われた(当時同裁判所四階に部屋があった)。そして競売事件を担当するのは、民事執行係事務室であり、これは同裁判所三階に部屋があった。

上告人は訴提起届出書(乙第六号証但し、冒頭の「昭和五七年(ワ)第一五八一号」との記載はされておらず、「証明書を添付して」の部分は削除されていないもの)を同月一九日にはすでに仙台地方裁判所に提出済みのところであり、同月二〇日には受理証明書も仙台地方裁判所から発行されたものである。しかも同日右両書類は、上告人が病気の状態であったため、民事訟廷事務室の佐藤書記官に、競売事件担当書記官への提出を頼み、適式に処理されるものとなったのである(三月二〇日に来庁したこと、その日上告人自ら受理証明書の交付を受けたことは乙第五号証の請書から明らかである)。

原判決は、右受理証明書の交付を受けた後、上告人は、同日「訴え提起の届出書」のみを提出して、右受理証明書は提出しなかったと事実認定している(原判決四丁表五〜六行)。こんな不合理なことがあるだろうか。

上告人は、配当手続を止めるために訴えを提起したことを証明する右受理証明書を入手し、これを提出すべく病気の体を押し、金銭に困窮しながらも手続を進めてきたのである。もし右書類を提出しなかったとするなら、あえて提出しなかったというべき事情がなければ、常識に反したものである。勿論かかる特別の事情はない。

また、この配当異議の手続に十分なる知識のない上告人に対し、「訴え提起の届出書」(乙第六号証)の記載から配当異議の手続書類であることが、裁判所書記官であるならば、当然わかることについて、なぜあえて「昭和五七年(ワ)第一五一八号」という(ワ)号事件の表題をつけさせたのであろうか。そらに受理証明書が添付されていないことが指摘されたというなら、その書面の存在を確認し、「証明書を添付して」をわざわざ削除する以前に裁判所として適式に処理させるべき注意義務を上告人に対し負うているというべきである。

かかる原判決の不自然、不合理な事実の認定、そしてこの事実の認定からすれば、上告人にその不提出の責任を転嫁するのでなく、裁判所としていかに適切に対応すべきであったかについて判断すべきものである。理由不備というべきである。

第一審判決並びに原判決は、競売手続を行なう執行裁判所に対し「受理証明書」なる明確な「証明」を行なうべきであると判断する。

しかし、それが「訴え提起の届出書」だけでよいか、「受理証明書」まで必要かは、仙台地方裁判所としての手続上の明確性であって、受付事務上の分担があることを一般国民がその責任を知った上で履践することを法律は要求していない。仙台地方裁判所としては、本件では配当異議の訴えが提起され、受理証明書も発せられて、直ちに訴えが提起されたことは容易に確認しうるところである。対一般国民との関係ではこれをもって足るのであり、確認するか否かは、裁判所内部の事務分担の問題であり、一般国民にかかる事務分担に従った手続をとりうるようにさせるのは裁判所の責任であり、担当書記官の注意義務の問題である。これこそ国民の裁判を受ける権利を保障するところであり、本件はかかる憲法上の権利侵害たるものである。

(三) 上告人は昭和六〇年三月二二日に再提出を行なったが、これは担当書記官の手続過誤をかくすためのものであった。

「訴提起の届出書」(乙第六号証)と受理証明書は、三月二〇日、仙台地方裁判所に提出され、民事訟廷事務室の佐藤書記官から民事執行係事務室担当書記官に提出されるはずであった。しかしこれは熊谷書記官によって妨げられた。

そして三月二二日再び上告人が裁判所を訪れたとき、右書類が熊谷書記官の手元にあり、なぜこんなところに書類があるのかで言い争いとなり、手続が間に合うのなら、と考え、乙第六号証に「昭和五七年(ワ)第一五八一号」と、およそ配当異議とは無関係であり、この書類がこの(ワ)号事件に提出されても意味のないことを知り、あるいは知りうべくして右書記官は上告人に記載せしめたのである。そして、上告人が「控」として所持していた乙第一〇号証の一、二に「受理証明書」を添付せしめ、三月二二日付で右届出書を提出させたところである。

これは、明らかに手続に無知ないし不案内な上告人をして、無意味なことをさせた以外の何ものでもない。

乙第六号証の届出書はすでに裁判所にあったのであり、三月二〇日段階で受理が証明されていたことは裁判所にとって明らかだったからである。

二、以上のとおり、原判決は国民の裁判を受ける権利を侵害ないし軽視して、仙台地方裁判所本庁内の事務分担にすぎない受付事務を理由に、上告人の配当異議の訴えにより受けるべき法律上、財産上の利益を侵害したところである。

これは、担当書記官の故意あるいは過失によるものである。法的知識のない上告人にその責任を転嫁せしむるべきものではない。

国家賠償法上の判例に照らしても、本件の場合につき、特別の事情ある事案というべきである。

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